2015年01月15日(木)
【自活研・小林理事長の自転車コラムその46】~歩道通行の甘えから抜け出せないお役所感覚~
警察庁や国交省の方針が「車道通行原則」となって、具体的な整備があちこちで始まっているのだが、現場ではあいかわらずの迷走が続いている。
2011年10月の警察庁の通達のなかで「3m未満の狭い歩道では自転車通行指定部分(いわゆる歩道上の自転車レーン)は撤去」という意味不明の文言があり、これをタテにとって3mより広い歩道に自転車マークを描くことを始めたところがあるからだ。
政令指定都市になったばかりの相模原市では、ご丁寧にも矢印まで描いて歩道上での自転車一方通行という摩訶不思議なことを始めていた。
2000年に自転車活用推進研究会を立ち上げた当初から、私たちは自転車は車両で車道左側を走るもの、と言い続けてきたが、そんなあたりまえのことがなぜ理解されないのか不思議だった。
それは私たちがバカだったからだ。世の中の圧倒的多数は歩道を走る方が安全だと勘違いしていることに、私たちは長い間気がつかなかった。実に間抜けな話である。
自転車の事故は減少傾向にあるが、毎年約12万件が警察によって認知されている。
認知されていない、あるいは調書を取らずにその場で示談にしてしまうような些細な事故が何十倍も起きているらしいが、それらを含めて事故のほとんどが歩道通行する自転車によって発生している。
そりゃそうだ、ほとんどの自転車が歩道を走ってるんだからあたりまえだ、と以前は言えた。
東日本大震災を契機に、首都圏では自転車利用者が急増した。割合は小さいが、車道通行する自転車の絶対数も増え、当然のことながら事故も増えた。
事故の大半が交差点で起きていることは以前からわかっていたが、車道を走る自転車が増えたのに、そうした自転車が関連する事故は増えなかったのである。増えていくのは歩道から交差点に飛び出したり、脇道や駐車場などに出入りするクルマにぶつかる自転車事故である。
頻繁に報道されるのは「歩行者と自転車の事故の急増ぶり」である。
2000年と2010年を比べると、全交通事故が約8割、自転車関連事故も約9割に減少しているのに、対歩行者事故は5割も増えているという統計である。ものすごい急増だが、実数は1,827件が2,760件に増えたということであって、自転車事故全体の約1.8%に過ぎない。
残りの14万9,000件のほとんどは対自動車なのである。
そして、その自転車のほとんどは歩道を走っている。
つまり自転車事故は歩道を走る自転車がクルマにぶつけられる事故なのである。
歩道を走っていれば、歩行者にぶつけてしまう懸念はあるものの、少なくともクルマにはねられる心配は無い、と一般には考えられてきた。
私たちは、ずいぶん早い時期からNPO自活研の理事でもある古倉宗治さんの研究などによって、欧米では「歩道通行はクルマに轢かれる危険が大きい」というのが常識であることを知っていたし、車道左側をクルマのドライバーに自分の存在をアピールしながら走れば安全快適に走ることができることに気がついていた。
だから、警察や国交省が車道通行を通達したり、車道側に自転車走行空間を整備する方針を打ち出したことを当然と受けとめ、本気で自転車事故を減らす気でいるのだと信じた。
確かに政府の中枢で研究し企画していた官僚たちは本気だったのかもしれない。
しかし、彼らの認識はいまのところ、現場にはどうやら伝わっていないようだ。
くどいようだが、勘違いが脳裏にこびりついている、ほんの一部の読者のためにもう一度整理しておこう。
警察庁の統計(2010年)などを見ても、交通事故死者に占める自転車乗車中の死者の割合は、歩道通行を原則として認めていない欧米よりも、歩道通行が常態化しているわが国の方がはるかに高いのである。
自転車も利用率の低いフランス3.7%、イギリス5.8%、利用が多いドイツの10.4%に比べ16.2%と図抜けいる。
実は、歩行者の割合もフランス12.1%、アメリカとドイツの13.0%に比べて34.6%と異常に高く、その理由が共通したものである疑いが濃い。
わが国の事故は歩道上で起きているのではなく、歩道から車道部分に出て行く瞬間に起きているのである。
欧米では、歩行者や自転車がクルマと交錯する市街地での速度制限がうるさく、クルマの速度を物理的に落とさせるために、シケイン(クルマを蛇行させスムーズな進行を妨げる障害物)やハンプ(同様の目的で設置される道路上の突起)が用いられ、住宅地や商店街などの通過交通は遮断されることが多い。そして、わが国と異なり、横断防止柵などの連続して歩道と車道を区分する工作物が置かれることは少ない。したがって欧米では市街地を安心してクルマを走らせることができず、交差点では突然飛び出す歩行者や自転車に備えて速度を控えめに抑える運転が求められる。
わが国では、円滑な自動車交通こそが重要視され、柵や植栽で隔離された歩道を行く歩行者や自転車を、クルマのドライバーが認識する必要が無い。
安心してアクセルを踏むことができるよう、道路整備も交通規制もクルマ優先で構築されてきた。
これこそが悲惨な交通事故を撲滅できない構造であることに、中央の官僚たちは気がついたのである。
自転車を本来の車両として車道左端を走らせる方針は、わが国が都市交通において途上国から文明国へと脱皮するエポックメーキングな出来事である。
悲しいことに、その目的を理解できない現場の道路管理者、交通管理者たちは、いまだに歩道の方が安心とばかりに、歩行者用道路の上に自転車のマークを描き始めている。
税金を投じて、歩道を安心して走り、交差点を突っ切る自転車が「突然現れた」と感じるクルマの犠牲になる可能性を増やす愚をいつまで続ける気なのか。
それでも、京都市のようにとにかく車道側に自転車マークを描きまくろう!と決心したところも登場してきた。千里の道も一歩から、というが、あちこちで一歩ずつ進んでいることに感謝したい気分だ。
すべての道に自転車レーンをプラスしたい。願いはいつかきっとかなうと、根っからの楽観主義者の私は信じているのである。
【季刊誌「PARKING TODAY(ライジング出版)」より改訂して掲載】