COLUMN コラム

【自活研・小林理事長の自転車コラムその13】~タンデム・その2~

5年ほど前、ベルギーのあるパン屋さんの前で美しい二人乗りの自転車を見た。乗っていたのは初老のご夫婦で、小さな犬を後部のバスケットに乗せ、国中を二人と一匹で旅行しているという。自転車を国技としているお国柄とはいえ、首都ブラッセルはクルマだらけである。それでも、自転車は市民権を持ち、大切に扱われていた。当時、我が国は世界第2の経済大国だと空威張りしていたが、高齢の夫婦が自転車旅行を楽しむことができる道路・交通の環境はなかった。
 長野県だけで許されてきたタンデム自転車の公道走行が、近年、他の県でも解禁され始めた。タンデムとは、直列二頭立ての馬車のことだが、馬車が廃れてからは自転車やオートバイの前後二人乗りもそう呼ぶようになった。クルマにも古くは西ドイツ製のメッサーシュミットというタンデム3輪があり、時速300キロを超える電気自動車・エリーカで話題の慶応大学の清水浩教授が、国立環境研究所時代につくったルシオールもタンデムだった。
 クルマなら普通に公道を走れるのに、自転車ではダメだというのがずっと理解できないでいた。二人乗りは危険だ、というのである。欧米では危険なものを公道で走らせ、大事故が起きているかというと、そんなことはない。二人でバランスをとるのが難しい、という人がいるが、そもそも自転車はスピードが出るまでは安定しないものだ。欧米や長野の人が普通に乗りこなしているわけだから、それ以外の人たちをみんな運動音痴だというのは失礼ではないか。
 タンデムは前席をパイロット、後ろに座ってペダル漕ぎに専念している人をストーカー(追随するもの)と呼ぶが、呼び方が警察のお気に召さないのか、と気を回した人もいて、最近ではコパイロット(副操縦士)と呼んでいる。
 日本では公道走行が許されないタンデム車で、世界一周88ヶ国を10年間かけて巡ったご夫婦に会った。宇都宮一成さんとトモ子さん。世界一長い新婚旅行だそうで、とても面白い旅行記も出版されている。いまはしまなみ海道でガイドツアーをやっているので、今治まで行く人たちはぜひ訪ねてみると良い。
 3年前、兵庫県がタンデム解禁に踏み切り、2年前は山形県が追随し、昨年はしまなみ海道でつながる愛媛県と広島県が走行可にした。宇都宮さん夫妻だけでなく、視覚障害がある方でも自転車が楽しめるようになった。いまのところ、タンデムだからという理由で事故が起きたとは聞いていない。和歌山県のように自転車専用道のみOKとか、視覚障害者協会の要請に応えない富山県など、中途半端な対応では混乱するだけだ。
 欧米には、3人、4人が乗れる自転車もある。ビアバイクと称する14人乗りの巨大4輪車も走る。ビール樽とサーバーが取り付けられていて、呑みながら左右6名ずつの漕ぎ手がペダルを踏み、運転席には素面のドライバーが座る。残りの一人はビールを注ぐ係である。人力だけで動く水平対向12気筒自転車である。
 そうした自転車がなぜ安全に走行できるかというと、信号が比較的少ないこと、道路を使う交通機関のランクが明確で優先順位がわかりやすいこと、そして自転車走行空間が指定されていることが多いこと、などが挙げられる。どれも我が国には見あたらない条件だ。タンデムが普通になれば、こうした道路や交通規制も変わっていくだろう。
 既に1割は悔い改めた。残りは42都道府県である。

【月刊サイクルビジネスより改訂して再掲】

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