COLUMN コラム

【自活研・小林理事長の自転車コラムその55】~自転車のPL(製造物責任)とは~

 世の中が壊れてきているようだ。
といっても、異常気象や政府の迷走ぶりのような大問題ではない。
些細な自転車にまつわることだ。研究会を名乗っていると、全国からあれこれと情報をお寄せいただくことが多い。
2006年暮れから足かけ10年、「安心して歩ける歩道/安全な自転車道/渋滞の無い車道を実現する全国連絡会(略称:全歩連)」なるものを発足させて、連絡用サイトを公開してあるのだが、そこに寄せられたものなどを見ていると、世の中が壊れていくさまが見て取れる。

 ちょっと前の話なのだが「壊れてるなあ」と感じた、ある報告者からの情報である。
報告者の近所では、中学生が自転車で車道を逆走してくるので「なぜ右側通行するのか」と聞いたら、学校の指示で右側にある途切れ度切れの歩道を通行することになっていることがわかった、というものだ。
報告者は片側一車線の歩道区分が無い道路を自転車通勤していて、あまりに危ないので毎日のように逆走中学生を止めて注意していたという。
大人として正しい行為だと、私は思うのだが、なんと学校やPTAから苦情が来た。
でも、危険なのは子どもたちなのだから、と指導を続けていたら、ついに警察が登場し、「路側帯からでなければ、右側通行しても良い」と言われたという。
路側帯は狭いところで30センチほどで、自転車がすれ違える幅は無い。
これに対する警察の答は「県に路側帯拡張の要望を出している」というもの。
結局、先送りだが、この後、道路交通法が改正されて「路側帯の右側通行禁止」になった。さてどうなったのか、未だに報告がないのは残念だ。

 この報告に対して、「歩道を走らせていることがそもそも違反」とのもっともな指摘もあった。
歩道上の自転車徐行規定に学校も親も、警察すら気がついていないのである。
この原稿を書いていた当時は東京都道に面した1階に事務所があって、おりしもこれを書いていたら目の前の歩道を白い自転車の警察官が歩いている人を追い抜いた瞬間を目撃して、絶句したことを思い出す。
こんなお手本があるのだから、子どもたちが歩道を疾走するのも当然だろう。

 この報告者の偉いところは、地道な活動で学校やPTAにも理解者を増やし、春の交通安全活動期間に交差点に立ち、左側通行を呼びかけたことだ。
中学生は日頃の指導の甲斐があって左側を通るようになったそうだ。問題は、高校生や「おばちゃん(原文のまま)」はルールそのものを知らないか、知っていても知らないふりをしていること。
そこで、名刺サイズに印刷した『警察庁の自転車安全利用5則』の抜粋を配って右側通行しないように注意しているという。
こういう人を「物好き」とか「へんなひと」扱いする風潮があるが、とんでもないことだ。
国は勲章を授けて末代までも栄誉を讃えるべきではないか。

 春と秋に交通安全運動をやっていて、この当時の春の全国重点スローガンは、
(1)全席のシートベルトとチャイルドシートの正しい着用の徹底
(2)自転車の安全利用の推進
(3)飲酒運転の根絶の三つだった。
2015年の千葉県警の調査では、10月11月に集中して「自転車の飲酒運転による事故」が多発しているという。キャンペーンの効果は10年経ってもほとんどあらわれていないらしい。
それでも(1)と(3)は具体的でわかりやすいが、(2)の「自転車の安全利用」とは何かを考え始めると眠れなくなる。
安全に利用するには安全な場所が必要なのだが、道路のどこが安全なのかがわからない。歩道は安全そうだが、自転車が疾走する歩道を歩行者は安全だとは思うまい。
自転車レーンは安全だと思うが、駐車車両が多くて、右にはみ出すときには危険きわまりない。
ここは、本則を守って車道左端を走りたいが、Y字路などでは直進できないところが多く、歩道へ上がらざるをえない。
サイクリングロードなら安全に走ることができると期待して出掛けてみると、そこには自転車歩行者道の標識があり、多くが歩行者優先の歩道なのである。当然、自転車は徐行。
なかには「自転車も通れる遊歩道」という案内があり、後ろから自転車が走ってくるなかを遊歩する度胸試しのための道路も存在する。つまり、安全利用とは自転車本来の速度で走るな、ということらしい。

 クルマはシートベルトや安全灯など、個別具体的にキャンペーンするのに、自転車は「安全利用の推進」のひと言でかたづけてしまうのも変だ。
クルマと同じ車両であって、人の生命が乗っているということを忘れてはいけない。
だが、軽んじられるような業界の対応もある。
整備不良のマウンテンバイク(もどき)に乗っていて、前サスペンションのバネが外れ、転倒して下半身付随になったという不幸な事件で、業界団体にはそのメーカーの責任を明らかにしようという動きが見えなかった事件があった。
両方のサスがいっぺんに壊れるというのは考えにくいので、片方が外れ違和感を感じながらも点検せずに乗り続けたのではないかと思われるが、それも有名ブランドの製品だったからだろう。
実は、ブランド名をつけただけで、そのメーカーの開発製品ではなく、組み立てを請け負った工場も個々の部品の安全性までは関知しないという。
しかし、もし、自転車メーカーでなく自動車メーカーだったら、自社のサスペションの不具合で事故が起きたら「部品メーカーの責任だ」と言って逃げるだろうか。
そんなことはありえないし、世の中もそんな言い訳を許さない。
ところが、この原稿を書いている時点では、自転車の場合はそれがまかり通りそうだったのである。
自転車業界にはもっとしっかりしてもらいたいとこころから思う。
メーカーが自転車ブームに水を差すようなことをすれば、自転車の市民権は永遠に確立できなくなってしまう。

【季刊誌「PARKING TODAY」(現在は誌名が変わって「月刊BICYCLE CITY」(ライジング出版刊)より改訂して掲載】

 

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